自分の“使命”とは何か―マザー・テレサの場合
心に響いた一節を紹介します。
(前段略)マザー・テレサは、最初から「貧しい人々を助けたい」と思っていたわけではない。実際には二十年以上にわたって、インドの大都市カルカッタの富裕層の子女教育に携わっていた。富裕層が暮らす地区で働いていて、そこを取り巻く貧しいスラム街の状況にはほとんど関心がなく、小さな自分の縄張りの外に足を踏み出すことはなかった。
ある晩、マザー・テレサが通りを歩いていると、助けを求める女性の叫び声が聞こえた。この瀕死の女性が腕の中に倒れ込んできた瞬間が、マザー・テレサの人生を根本から覆す転機となった。
マザー・テレサは急いで、この瀕死の女性を近くの病院に運んだが、座って順番を待つように言われた。すぐに治療しないと死ぬことが分かっていたので、別の病院に運んだが、そこでも座って順番を待つようにと言われただけだった。低いカーストに属していた女性の治療は後回しにされたのだ。この状況に絶望したマザー・テレサは、最終的にこの女性を自宅に連れて帰った。その晩遅く、彼女はマザー・テレサの腕に抱かれ、安らかに死を迎えた。
これが、マザー・テレサが自分の使命を悟った瞬間だった。
その時彼女は、こんな悲劇を二度と繰り返させないために、できる限りのことをすると誓った。自分の周囲で苦しんでいる人々の痛みを和らげ、すべての人が尊厳を持って生き、あるいは死ぬことができるよう、自分の生涯を捧げる決心をしたのだ。どんな人でも、死ぬ時は、愛と尊敬にあふれた最良の待遇を受けられるように、マザー・テレサは全力を尽くした。
アンソニー・ロビンズの自分を磨く アンソニーロビンズ
この話には驚くべきところが二箇所あった。一つは、このようにスイッチの入る瞬間を経験することにより、その後の彼女の人生を大きく変え、それが世界を動かす源になったということ。もう一つは、彼女のような偉人ですら、最初は平凡な普通の人であったということ。誰もがマザー・テレサになることができるということ。
日々起こる出来事をどう感じて、どう振舞うか。自分がどうそれに向き合うかということ。つまり自分次第。