体験の上に

心に響いた一節を紹介します。
ここに非常な水泳の名人がいるとする。そしてこの名人から、いかにすれば水泳が上達するかという講義をきくとする。仮に三年間、休まず怠らず、微に入り細にわたって懇切丁寧講義を受け、水泳の理を教えられ、泳ぎの心がけをきかされる。それでめでたく卒業のゆるしを得たとする。だがはたして、それだけで実際に直ちに泳ぎができるであろうか。(中略)講義をきくだけでは泳げないのである。
やはり実際に、この身体を水につけねばならない。そして涙のこぼれるような不覚の水も飲まねばならない。ときには、死ぬほどの思いもしなければならないであろう。
そうしてこそ水に浮けるし、泳ぎも身に付く。体験の尊さはここにあるわけである。
教えの手引きはこの体験の上に生かされて、はじめてその光を話す。単に教えをきくだけで、何事もなしうるような錯覚をつつしみたいと思う。
道を開く 松下幸之助
たくさんの情報があふれている現代、インプットの種には事欠かない。でも果たしてインプットだけでいいのだろうか、インプットしたものは、外に出して、アウトプットして初めて自分のものになる。本当に自分のものにしたいのであれば、得た知識を他人に教えることである。教えることを通じて、自分のものになり、教える過程で気づきを得、さらに深く学べるというものである。

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