こわさを知る

心に響いた一節を紹介します。
こどもは親がこわい。店員は主人がこわい。社員は社長がこわい。社長は世間がこわい。また、神がこわい。仏がこわい。人によっていろいろある。
こわいものがあるということは、ありがたいことである。これがあればこそ、かろうじて自分の身も保てるのである。
自分の身体は自分のものであるし、自分の心も自分のものである。
だから、自分で自分を御することは、そうむつかしいことではないように思われるのに、それが馬や牛を御するようには、なかなかうまくゆかないのが人間というもの(中略)
せめて何かのこわいものによって、これを恐れ、これにしかられながら、自分で自分を律することを心がけたい。
(後略)
道をひらく 松下幸之助
地震、雷、火事、おやじは、昔からのこわいものの題名詞。こわさがあるから、自分を御する、律することができる。
私は何がこわいだろう。不健康、人との関係、思考の停止・・・。こわさ、怖れを意識し、そこから何を生み出すか、学ぶのか、行動するのか。ふと考え、自身の成長に生かすようにしよう。

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